第76回 愛知ブロック大会

 

世界同時株安による金融危機における会計基準変更の是非」

 

 

 

 

 

 

発表者:中京大学 大倉 弘義

日 時:2008年12月21日(日)

場 所:名古屋商科大学

 

 


目次

はじめに

1章.今までの会計基準

2章.今回の変更内容

3章.区分変更が認められない理由

4章.基準変更の根拠

  @売買目的有価証券からその他有価証券への変更

  A今回の売買目的有価証券から満期保有目的債券への変更

Bその他有価証券から満期保有目的債券への変更

5章.基準変更に対する意見

 おわりに

 

【参考資料】

有価証券の種類、定義など

 1.有価証券の種類

 2.各種有価証券の評価方法

 

 


はじめに

 

昨今の経済危機により、売買目的有価証券およびその他有価証券を満期保有目的債券へ振替できるとする基準の変更があった。

エコノミストや会計士などのニュースやブログを見ると、今回の会計基準変更に対して否定的な意見が散見できる。その中には、何かあるたびルールを変えるのはいかがなものか、欧米諸国の方針に追随しているだけではないか等、様々な意見がある。今、少し考えたときにそれらの意見は間違っていないように思える。

しかし、今回の企業会計基準変更は企業会計基準委員会がきちんと議論した上で決定に至ったものである。実際に、会計基準委員会のサイトには議事録等がきちんと公表されている。その理由はどのようなものであり、本当に正しかったのか。それともニュースなどの意見のほうが正しいのか。

本論文では、同委員会がどのような考えに基づいて今回の会計基準変更を決定し、それがニュースなどの反対意見を納得させるほどの理由なのかを考えていきたいと思う。
1章.今までの会計基準

 

 有価証券には、売買目的有価証券、満期保有目的債券、その他有価証券、子会社および関連会社株式がある(詳しくは参考資料)。現行の会計基準では、これらの有価証券の保有目的区分を厳格にすることにより保有目的区分の判断を自由に行えないようにしている。これは、経営者が自由に保有区分を変えてしまうと前期の財務諸表との比較ができなくなる可能性や、経営者の都合の良いように利益操作が行われるのを防ぐためである。そして、そのようなことを認めると財務諸表利用者が正しい判断を行えなくなる場合がある。そのため、取得当初に決定した有価証券の保有目的を取得後に変更することを原則として認めていない。しかし、例外的に正当な理由がある場合には保有目的区分の変更が認められる場合を規定している。具体的な正当な理由としては

@資金運用方針の変更又は特定の状況の発生に伴って、保有目的区分を変更する場合(ここで資金運用方針の変更または特定の状況とは、企業環境等の外部要因や経営者の交替に伴って、たとえば、有価証券の短期的な売買を開始することとした場合に、自己の保有するその他有価証券の一部を売買目的有価証券へ振替えることを想定している)

A金融商品に関する実務指針により、保有目的区分の変更があったとみなされる場合

B株式の追加取得又は売却により持分比率等が変動したことに伴い、子会社株式又は関連会社株式区分から他の保有目的区分に又はその逆の保有目的区分に変更する場合

C法令又は基準等の改正又は適用により、保有目的区分を変更する場合

の4つがある。

また、満期保有目的債券に関しては取得当初から満期まで保有する意図と能力をもっている場合に満期保有目的債券として表示することになっている。そして、取得後に満期まで保有する意図を示した場合でも満期保有目的債券に変更できない。さらに、満期保有目的債券の一部を売却すると売却していない部分についても、その後満期保有目的有価証券として計上することができず他の勘定に振替えなければならないなど、満期保有目的債券については特別に厳しい内容となっている。

 


2章.今回の基準変更内容

 

 今回の基準変更内容は、売買目的有価証券をその他有価証券へ振替えることと売買目的有価証券およびその他有価証券を満期保有目的債券へと振替えることができるようにするものである。実施は平成20年10月1日から平成22年3月31日までの時限措置である。(基準変更前後での違いは以下の表を参照)

 

変更前の振替の可否(子会社株式等については省略)

振替の区分

振替の区分

売買目的有価証券

満期保有目的債券

その他有価証券

売買目的有価証券

 

変更不可

原則不可

(例外で変更可)

満期保有目的債券

原則不可

(例外で変更可)

 

原則不可

(例外で変更可)

その他有価証券

原則不可

(例外で変更可)

変更不可

 

変更後の振替の可否(子会社株式等については省略)

振替後の区分

振替の区分

売買目的有価証券

満期保有目的債券

その他有価証券

売買目的有価証券

 

原則不可

(例外で変更可※)

原則不可

(例外で変更可)

満期保有目的債券

原則不可

(例外で変更可)

 

原則不可

(例外で変更可)

その他有価証券

原則不可

(例外で変更可)

原則不可

(例外で変更可※)

 

※時限措置であることに注意


3章.区分変更が認められない理由

 

そもそもなぜ今まで売買目的有価証券およびその他有価証券から満期保有目的債券に振替えることができなかったのか。

それは、売買目的有価証券が原価評価だった時代に、含み益を持った売買目的有価証券を一時的に売って即時に買い戻すことにより利益があるように見せかけるということが行われた。これを益出しという。益出しでは、貸借対照表上の資産の実質的な中身は変わっていないのに損益計算書で売却益が計上される。この取引は、企業の財務基盤を強固にする反面、株主や債権者から受託した資産を着実に運用し、増やすという経営の基本を忘れさせる側面も併せ持っていた。

またその逆で、含み損が出ている場合には有価証券は売却することなく保有し続けることで損を計上しないという損の操作もできる。これは、評価損が出ている有価証券を売却しないため、悪化している企業の財務内容の実態を示さない可能性がある。このような取引は企業の財務内容を適切に反映させるものではなく、財務諸表利用者が判断を誤らせる危険性があった。

そのため、仮に売買目的有価証券などから満期保有目的債券に振替ができるようにすると、価格が下落している債券の分類を変更し、損益又は純資産に価格の下落が反映されないようにする処理が頻発する可能性がある。これを阻止するために正当な理由がある場合でも満期保有目的債券への変更はできないものとしたのである。

 


4章. 基準変更の根拠

 

上記の理由があったのにもかかわらずなぜ今回のような変更に至ったのだろうか。それについては「会計基準委員会が実務対応報告公開草案第29号債券の保有目的区分の変更に関する当面の取扱い(案)」で次のように示されている(一部抜粋)。

 

@売買目的有価証券からその他有価証券への振替に関して

金融商品実務指針第59項では、「有価証券の各保有目的区分を構成する銘柄が当該保有目的区分の定義及び要件を満たしているかどうかについては、取得時に判断するだけでなく、取得後も継続してその要件を満たしていることを検討することが必要である」とされている。ここで売買目的有価証券は、「時価の変動により利益を得ることを目的として保有する有価証券」であり、それは、「短期間の価格変動により利益を得ることを目的として保有することをいい、通常は同一銘柄に対して相当程度の反復的な購入と売却が行われるものをいう」とされている。

これらに照らせば、想定しえなかった市場環境の著しい変化によって流動性が極端に低下したことなどから、保有する有価証券を公正な評価額である時価で売却することが困難な時期が相当程度生じているような稀な場合においては、売買目的有価証券の定義及び、要件を満たしていないのではないかという考えがある。また、最近の国際的な会計基準の動向も考慮し、そのような稀な場合において、企業が今後、時価の変動により利益を得ることを目的としないことを明らかにしたときには、売買目的有価証券からその他有価証券へ振替ができることとする。

 

A売買目的有価証券から満期保有目的債券への振替に関して

@で示したように、保有する有価証券を公正な評価額である時価で売却することが困難な時期が相当程度生じているような稀な場合において、企業がもはや時価の変動により利益を得ることを目的としないことを明らかにし、かつ、満期保有目的の債券の定義及び要件を満たしたうえで保有目的区分を変更したときには、売買目的有価証券から満期保有目的の債券へ振替ができることとする。

 

Bその他有価証券から満期保有目的債券への振替

その他有価証券についても上記のような稀な場合において、満期保有目的の債券の定義及び要件を満たしたうえで保有目的区分を変更したときには、その他有価証券から満期保有目的の債券への振替ができることとする。また、稀な場合でなくてもその他有価証券から満期保有目的の債券へ振り返ることができるとすべきという意見があったが、今後、金融商品会計基準自体を見直していく中での検討課題とすることとする。


 

5章.基準変更に対する意見

 ここまで現行の基準で有価証券の振替規制と今回の規制緩和がどのような考えで行われたかについて述べてきた。ここからはそれについての私の意見を「審議事項(1)-1 [検討資料]有価証券の保有目的区分の変更について」(以下「検討資料」という)の意見も踏まえて述べたい

@売買目的有価証券からその他有価証券への振替

企業会計基準委員会の基準設定の理由は市場環境の変化によって流動性が極端に低下したことから、売買目的有価証券の定義及び要件を満たしていないのではないかという考えで、納得のいくものである。しかし、1章の正当な理由@の「資金運用方針の変更又は特定の状況の発生に伴って、保有目的区分を変更する場合」で変更することができると考えることもできるが、同括弧書きで「資金運用方針の変更または特定の状況とは、企業環境等の外部要因や経営者の交替に伴って」とあり、有価証券の取得区分の変更が市場の変化による流動性を考慮して作られたものではないことがわかる。また、売買目的有価証券の保有目的区分の変更をする場合には、金融商品に関する実務指針280項で売買目的有価証券の一部の銘柄のみを他の保有区分へ振替えることを認めていない。そのため、振替える場合には市場の変化により流動性が極端に低下した売買目的有価証券だけでなく、影響を受けていない売買目的有価証券も区分変更しなくてはいけなくなる。つまり、流動性の低下の影響を受けていない売買目的有価証券の振替を防ぎ、かつ、市場の流動性の極端な低下に対応したものが今回の基準だといえる。

しかしこの場合だと、保有区分の変更が簡単になって経営者の財務諸表操作が以前よりも簡単に行われてしまう可能性がある。これを防ぐために、保有区分を変更した日や稀な場合と判断するに至った概況などの理由や、引き続き売買目的有価証券であった場合の評価・換算差額等への影響額などを注記により公開することを義務付け、財務諸表利用者が適切な判断を行えるようにしている。

 

A 売買目的有価証券から満期保有目的債券への振替

売買目的有価証券から満期保有目的債券への振替についての企業会計基準委員会の説明は上記の5章@の通り、売買目的有価証券の一部だけを区分変更できない点や流動性の面で基準が対応している点で、納得のいくものである。また、検討資料では利息の支払いが滞るなどの事象がないのにもかかわらず市場での取引価格が下がった例が指摘されている。よって、売買目的有価証券であったが満期まで保有して償還を受けたほうが良いと判断する可能性はある。また、満期保有目的債券へ例外で変更が認められないのは3章の利益操作を阻止するために設定したものであり、今回のような稀な状況による流動性の極端な低下を考慮して設定されたわけではない。そのため、今回の考慮されていない状況に応じて基準変更をすることは良いことだ。

そして、この場合も上記の5章@の売買目的有価証券からその他有価証券に振替える場合と同じように、経営者が自由に区分変更できると財務諸表が操作される恐れがある。そのため、経営者の恣意的な操作を防ぐために同じように注記することを義務付け、財務諸表利用者が適切な判断を行えるようにしている。

 

 

Bその他有価証券から満期保有目的債券への振替

 その他有価証券に区分されていた債券についても売買目的有価証券と同じように、流動性が極端に低下したために売却するよりも満期まで保有したほうが良いと判断する可能性はありえる。

また、上記の5章@、Aと同じように経営者が自由に区分変更できると財務諸表が操作される恐れがあるため、同じように注記することを義務付けることで、財務諸表利用者が適切な判断を行えるようにしている。

 

 


おわりに

 以上のことから、今回の基準変更は現在の経済状況と今までの基準の問題点を考慮して作られたものだということが分かった。これは今回の金融危機で見つかった会計基準の不足分を補強するものと位置づけることができると思う。経済状況が変化するに伴い、会計基準もそれについていかなければならない。このことから会計基準は常に経済の後を追うことになり、完璧な存在にはなり得ない。今後も経済状況にあった会計基準になるよう願う次第である。

以上


 

【参考資料】有価証券の種類、定義など

 

1.有価証券は下記の4種類に分けられる。

・売買目的有価証券

  時価の変動により利益を得ることを目的として保有する、いわゆるトレーディング目的の有価証券のこと。

・満期保有目的債券

  満期まで所有する意図を持って保有する社債などの満期がある債券。

・子会社株式、関連会社株式

  保有比率が20%以上ある株式を関連会社、50%超ある株式を子会社株式という。

・その他有価証券

  上記3つの有価証券以外の株や債権を指す。長期で運用して売買する株式や債券、売買の意思がなくて保有比率が20%未満の株(持ち合い株式)などがある。

 

2.期末の評価方法とその理由

売買目的有価証券

特定の事業のために保有していなければいけないわけでなく、いつでも売却して損益を確定することができる。時価の変動に当たる評価差額が企業にとって財務活動の成果と考えられることから時価評価される。

評価損益は当期の損益として処理する。

・満期保有目的債券

  満期保有目的の債券については時価が算定できるものであっても、満期まで保有することによる約定利息および元本の受け取りを目的としており、満期までの間の金利変動による価格変動によるリスクを認める必要がないため、取得原価をもって評価する。ただし、取得価格と額面金額の差が金利の調整と判定された場合には償却原価法によって評価する。

・子会社株式、関連会社株式

  子会社株式、関連会社株式においては、事業の遂行を通じて成果を得ることを目的にした投資、すなわち事業投資であるため、時価で評価しても意味を持たない。そのため、取得原価で評価する。

・その他有価証券

  上記のどの有価証券にもあてはまらないもの。時価評価する。方法としては、評価差額(評価損益)を@損益計算書に算入せずに貸借対照表の純資産の部に直接計上する方法と、A評価差損が出た場合には損益計算書で当期の損として計上し、評価差益が出た場合には純資産の部に計上する方法の二つがある。

 

 

 

 

 

 

 

参考文献

実務対応報告公開草案第29号「債券の保有目的区分の変更に関する当面の取扱い()」 企業会計基準委員会HP

http://www.asb.or.jp/html/documents/exposure_draft/reclassification2/reclassification2.pdf

 

審議事項(1)-1 [検討資料]有価証券の保有目的区分の変更について 企業会計基準委員会HP

http://www.asb.or.jp/html/minutes/20081106/20081106_01.pdf

 

金融商品会計の実務 新日本監査法人 中央経済社

 


中京大学会計学研究会.